中川家といえば、仲良しの兄弟お笑いコンビで、背の低い方が剛さんでお兄さんになり、体が大きい礼二さんが弟ですね。

2001年にM-1の優勝者になる実力者で、漫才は安定していて、何をしても笑わされてしまいます。

そんな漫才もベテランの域に達している中川家ですが、兄である剛さんが、パニック障害になり、一時期仕事もできないほどであったという過去があります。

ということで今回は、中川家の兄、剛さんのパニック障害に、スポットを当ててみました!

中川家の剛さんを襲ったパニック障害とは

パニック障害とは、突然起こる激しい動機や発汗、ふるえ、息苦しさ、胸部の不快感、めまいといった体の異常と、強い不安感に襲われる病気です。

テレビの仕事をしていて、パニック障害にかかったら、人前に出るなんてできないですよね。

今のテレビでの活躍からは考えられませんが、中川家の剛さんは、本当にパニック障害だったのです。

当時の剛さんは、パニック障害がひどく、舞台の出番がきても逃げて家に帰ってしまったりしたことがあったそうです。

仕事もどんどん減っていって、ラジオ番組1本だけになってしまいました。

しかも、そのラジオ番組に向かう電車に乗るのがつらく、中川家の礼二さんに付き添ってもらわないと、仕事場にたどり着けないほどでした。

長時間走る、特急や急行電車だと辛くなってしまうので、1駅が比較的短い、各駅の電車で向かっていました。

それでも、度々降りては、休まなければならず、30分で行ける距離を、4時間もかけたこともありました。

でも、弟の礼二さんは、そんな剛さんを決して責めなかったそうです。

実は、私もパニック障害を抱えていたことがあるので、発作が電車の中で起きてしまう辛さは、想像することができます。

全身を駆け抜けるような恐怖心は、なんとも説明できない、嫌な症状です。

これが度々起こっていたというのは、本当に辛かったと思われます。

中川家剛さん 先輩からの励ましでパニック障害を改善!!

一人で悩みを抱えるより、いろんなひとに力をかりるのが、病気の克服の一歩になります。

剛さんも同様、先輩からの励ましによって、パニック障害は改善されていきます。

「いっそ開き直ってあほなまんまでやったらええねん」という阪田師匠のお言葉や、
パニック障害を知ったうえで、「明石家マンション物語」のレギュラーにした明石家さんまさんなど。

「(病気に)なったもんはしかたがない。額にPの字はってパニックマンのコントでもやったらええねん」とスタッフの前で言い放ったそうです。

パニック障害を知ったうえでレギュラーにしたことをスタッフに認めさせて、剛さんの気遣いを減らそうとしての言動だったのでしょう。

少し、あら治療ですが、さんまさんの深い愛情が伝わります。

テレビに出られない剛さんのためにも、「中川家」のコンビ名で、礼二さんがテレビに出続けて、いつでも剛さんがテレビに出られるように、一人で頑張っていたそうですよ。

素敵な兄弟愛ですよね。

礼二さんや先輩方の励ましにより、パニック障害をありのままに受け止めることによって、少しずつ改善していきます。

剛さんはのちに、このパニック障害に対して、「この病気は真面目な人がなる病気。お笑いの世界や“いじられる”ことを何も知らなかった。“いじられてなんぼ”ということがチャンスであることを知らなかった」と言っています。

“ええかげん”になったことで、このパニック障害にも改善できたんでしょうね。

たくさんの先輩の励ましや、礼二さんの献身的なサポートで改善出来て本当に良かったですね。

これからもお2人の活躍を楽しみにしています!