お笑いピン芸人の「劇団ひとり」さん

小説家、映画監督、俳優としても活躍する、芸達者な実力派の芸人さんです。

その芸名の通り、ひとりでやるネタは、登場人物のキャラがきちんと作られていて、まるで演劇を見ているかのような演技力も兼ね備えていますよね!

ぶさいくキャラも演じつつ、なんだかかっこいいキャラでもあったりする、劇団ひとりさんってちょっと謎な所もあります。

劇団ひとりさんって、本名がかっこいいらしいですよ。

さらに、芸名の由来にも触れてみたい!

ということで、今回は、劇団ひとりさんの名前にスポットを当ててみました♪

劇団ひとりさんの本名って?年齢など

本名 川島 省吾(かわしま しょうご)
年齢 40歳
ニックネーム 劇ピン
生年月日 1977年2月2日
年齢 40歳
出身地 千葉県千葉市
血液型 A型
身長 175cm

本名が「川島省吾」さん

本当だ、本名がかっこいですね!

これだけ見たら、俳優さんの芸名ほど、かっこいい名前ですよ。

でも、ニックネームは劇ピン。

これは、かっこよくない・・・。

なんでも、『SMAP×SMAP』に出演した時は「省吾」と呼ばれたい、と言っていたとか。

また、『笑っていいとも!』では、山下智久さんの愛称である、山Pとかけて、「劇ピー」って呼んでと言っていました。

劇ピーって、響きが痛そう(笑)

ちなみに、お嫁さんである大沢あかねさんは、「しょうごタン」と呼んでいるそうです♥

本名だけでなく、生い立ちもかっこよかった!

劇団ひとりさんのお父さんの職業は、なんと「日本航空パイロット」で、お母さんは「客室乗務員」だったそうです!

その関係で、アラスカ州アンカレッジに、小学校2年から5年まで住んでいたという、帰国子女なんですって。

両親そろって、憧れの職業についていたのですね。

ちなみに、あのフィギュアスケート選手の村主章枝さんのお父さんもパイロットで、近所に住んでいて、一緒に遊んだことがあるそうです。

なんか、凄くて、状況がうまくのみこめません汗

劇団ひとりさんの若い頃というと、とある番組で紹介された、ヤンキー姿が思い浮かぶので、こんな育ちのよい環境にいたとは、意外でした~!

劇団ひとりさんは、以前コンビを組んでいた?!

1992年、劇団ひとりさんが高校1年生だったころ、一世を風靡した、ビートたけしの伝説の番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の人気コーナー「お笑い甲子園」に出演したことがあります。

その時、組んでいたコンビの名は「バーテックス」

その後、バーテックスを解散し、太田プロダクションに所属し芸能界デビューをします。

太田プロに入った後に、1994年4月に結成したのが「スープレックス」(画像上)

劇団日本児童出身の秋永和彦さんとコンビを組んで、「ジャムパラ」「爆笑オンエアバトル」などの番組に出演し、活躍が期待されていましたが、2000年4月に解散。

これには、当時太田プロは、猿岩石などをメインに売り出していて、ブレイクできなかったこと、劇団ひとりさん自身が遅刻・ドタキャンをくりかえしていたため、また、相方であった秋永さんが借金があって蒸発してしまった、ことなどが原因だったようです。

その後、ピン芸人として、活躍する決意をします!

芸名はなぜ「劇団ひとり」なの?由来

ピン芸人になって、芸名を決める時に、優香さんのやり方を真似して、芸名を公募しました。

その時に決まりかけた芸名が・・・「カツカレー」

事務所から却下!

次に、候補としてあがったのが・・・「波打際立夫(なみうちぎわたちお)」(笑)

事務所から却下!

次に、劇団ひとりさんの好きな俳優ロバート・デ・ニーロにかけて、デンジャラスの安田和博さんからつけられた芸名が・・・「炉端出二郎(ろばたでにろう)」(笑)

事務所またまた却下!

最後は、自分で「劇団ひとり」と決めました。

芸名の由来は、「一人で色々なキャラを演じるコントをしていたため」

本人の川島省吾さんが、「座長」なんだそうです。

まさに、ご自身の得意とする、様々なキャラを演じれるという、メッセージが伝わってくる、いい芸名ですよね!

てか、波打際立夫とかになっていたら、だいぶ今のキャラが変わってそうですね。

いかがでしたでしょうか。

劇団ひとりさんの、名前あれこれをご紹介しました。

劇団ひとりさんは、本名よりも芸名のほうがぴったりきている気がします。


劇団ひとりさんの子供の名前についての詳細記事はこちら!
👉劇団ひとりの子供の名前は?2人目に寄せた想いとは


長女の名前が・・・!?