カンニング竹山さんは、ピンで活動している芸人さんですよね!

でも元々は、お笑いコンビ『カンニング』として、活躍されていたって、ご存知でしょうか?

では35歳の若さで、惜しくも亡くなってしまった、カンニング竹山さんの相方・中島忠幸さんの事は??

カンニング竹山さんも、中島忠幸さんも、同じ福岡県の出身だそうですよ。

お笑いコンビ『カンニング』について調べるうち、カンニング竹山さんの優しい人柄も、見えてきました!

お笑いコンビ『カンニング』、結成までの軌跡

カンニング竹山さんと、中島忠幸さんは、共に、福岡県福岡市城南区出身で、福岡市立七隈小学校、そして梅林中学校の同級生です。

お二人は小学生の頃から、一緒に釣りをしたりして遊んだ仲なのだそうですよ。

その後、カンニング竹山さんは、福岡県立早良高等学校に進学、大学進学を希望するも不合格となり、芸人を志すことになります。

一方の中島忠幸さんは、九州産業大学附属九州高等学校中退。

理由は、未成年喫煙による、2度目の停学時に、自ら退学届けを出したことだそうです。

『カンニング』のネタでは、キレる竹山さんと、それをなだめる中島さんのイメージがあるので、ちょっと意外な過去ですよね!

それぞれ別の道を歩いていたかに見えた、カンニング竹山さんと中島忠幸さんですが、上京後、偶然にも定食屋で、再会したのだそうです。

福岡の同級生だった二人が、広い東京で、“偶然”再会するなんて、奇跡ですよね!!

福岡時代には、芸人になることを断っていた、中島忠幸さんですが、再度のカンニング竹山さんの誘いに、お笑いコンビを結成することを、承諾したようです。

『カンニング』、苦労した若手時代

お笑いコンビ『カンニング』の、結成は1992年。

全く売れず、所属事務所を転々として、成果が得られないまま、10年が経過しました。

そして2004年、お笑い番組『エンタの神様』に出演したことで、注目を集めるようになり、ようやく芸人として、本格的に活動するようになりました。

『カンニング』中島忠幸さん、病気が発覚!

2004年、芸人としての仕事が、やっと軌道に乗り始め、“これから”という時なのに、同年12月に、中島忠幸さんが白血病のため、入院。

コンビでの活動が、出来なくなってしまいました。

相方・中島忠幸さんの復帰を願いつつ、「カンニング竹山」として、ピンで活動するカンニング竹山さん。

その理由は、中島忠幸さんが復帰した時のために、“席を空けておく”という思いから。

中島忠幸さんの闘病中、ピンで活動していたカンニング竹山さんですが、ギャラは折半していたのだそうですよ。

病気の治療には、お金がかかりますから、中島忠幸さんの家族も、かなり助かったのではないでしょうか。

でも、カンニング竹山さんは、「当たり前の事をしただけ」と、なかなか男前な態度だったようです。

カンニング竹山さんの美談とは

相方・中島忠幸さんが亡くなったのは、2006年12月。

それから10年以上、カンニング竹山さんは、大好きだった相方・中島忠幸さんとの、思い出のコンビ名『カンニング』を、今なお、使い続けている理由。。。

それは、コンビを解散しなければ、相方・中島忠幸さんの家に給料が、入るから、、、という話を、聞いたことがありませんか??

実際は、どうなのでしょうか?!

これが本当なら、なんと優しい、なんと男前な、カンニング竹山さん!というところですが。

このウワサを聞いた、カンニング竹山さんは、きっぱりと「全くのデマ」だと、全否定しました!!

ちょっと感動したのに、、、ある意味、残念ですね。

でも、カンニング竹山さんが言うことには、「こんなやり方をしたら、脱税で俺は捕まります。迷惑です。やめてください」なのだそうです。。。

脱税…!!

知りませんでした!

あらぬ疑いをかけられるような美談は、確かに、迷惑ですよね。。。