ピン芸人・カンニング竹山さんが、実は幼少の頃、お坊ちゃまだったことは、ご存知でしょうか?

それを証明するエピソードとして、カンニング竹山さんは幼稚園へ、運転手が運転する白いベンツで通っていたことが、挙げられます!

これは、相当裕福な家庭だったと、想像できますよね!

相当な収入があったと思われる、カンニング竹山さんの父親の職業は、いったい何だったのでしょうか??

カンニング竹山さん、裕福だった幼少時代

裕福だったのは、カンニング竹山さんが幼稚園の頃。

家のリビングには、象牙やトラの敷物、火縄銃が飾られていて、まさに「お金持ちの家」だったそうですよ。

また、幼稚園生のカンニング竹山さんは、100万円のバイオリンを買ってもらい、建て売り3つ分ほどの敷地に、ドーベルマンや秋田犬が、放し飼いにされていたそうです!

まさに、規格外のお金持ちですね!!

しかし、カンニング竹山さんが9歳の時、父親が経営する会社が倒産し、一転して、借金取りに追われる生活に、なったそうですよ。

まだ小学生だったカンニング竹山さんですが、周りの大人たちが、敵に変わっていくのを、目の当たりにして、「人はお金が絡むと、豹変する。金を信用しちゃいけない」と、悟ったそうです。

まだ小さいのに、なかなかの経験ですね。

でもカンニング竹山さんは、父親がどんな会社を経営していたのか、知らなかったそうです。

カンニング竹山さんの父親、羽振り再び…!

一度は事業に失敗し、借金生活を送っていた、カンニング竹山さんの父親ですが、カンニング竹山さんが高校生の頃に、再び羽振りが良くなったそうです。

ちょうど、バブル景気の頃ですね!

カンニング竹山さんが18歳の時、父親に応接間へ呼ばれ、バッグから1億円の札束を取り出して、「金の数え方、教えるから覚えとけ」と、100万円の効率の良い数え方を、教えられたそうです。

1億円って…!!

一生のうちに、ナマで見ることが出来る人は、いったいどれくらいいるのでしょうか。。。

また父親が、当時住んでいた福岡全体を見渡せる山に、カンニング竹山さんを連れ行き、「あそこのビルから、あそこのビルまでが、明日、俺の土地になる」と発言!

更に、カンニング竹山さんの父親は、「法律ギリギリが、一番儲かる」と、話したそうです。

「変な所には、お世話になってないから」と、付け加えられたようですが、いったい何の職業だったのでしょうか??

カンニング竹山さんの父親の、職業は?

2011年10月に行われた、ライブにおいて、カンニング竹山さん自身が、「父親は、今話題の、黒い交際の関係者」と、告白したそうです。

え?“黒い交際”??どういうことでしょうか。

一緒に舞台に立っていた、ビビる大木さんが、「お父さんがヤクザの、竹山さん」と言うと、カンニング竹山さんは慌てて、「ヤクザじゃない。地上げ屋です」と、訂正したそうですよ。

カンニング竹山さんの父親の武勇伝!

カンニング竹山さんの父親には、驚きのエピソードがたくさんあります。

例えば、カンニング竹山さんの誕生日について。

カンニング竹山さんは、本当は3月30日に生まれたそうです。

でも、「同学年より、1年多く過ごせる」との理由から、父親が産婦人科医を脅し、誕生日を4月2日に変えさせたそうです。

なかなか、スゴイですね。

また、先に述べた、幼稚園の送り迎えの運転手ですが、いわゆる“若い衆”だったそうです。

“やり手”だった、カンニング竹山さんの父親ですが、カンニング竹山さんが上京した後に、再び経営していた会社が傾いてしまいます。

しかし、借金の整理がつかないまま、父親は脳出血でこの世を去ります。

カンニング竹山さんは13億円、兄は20億円の借金を、知らぬ間に背負わされていたそうです!

コワイ話です。。。

カンニング竹山さん兄弟は、「相続放棄」をして、この負債を免れることが出来たそうですよ。

父親は、「借金はするな、保証人にはなるな」が口癖のようだったとか。

お金の恐さを一番分かっていたのは、父親だったのでしょうね。