お笑いコンビの千原兄弟、最近はテレビで2人そろってあまり見ないですよね。

千原ジュニアさんは、せいじさんのことを、「残念な兄」として面白エピソードを語ってくれますが、いつも嬉しそうに話すところがなんとも兄弟愛を感じてしまいます。

京都ではお兄ちゃん、大阪では相方、東京は他人と皮肉がかった言い方をしますが、せいじさんがいなかったら、芸人千原ジュニアは存在してなかったかもしれないのです。

千原ジュニアさんの子供時代は、現在ほど輝かしいものとはいいがたい時間だったかもしれません。

どんな子供時代だったのか、次にご紹介します。

千原ジュニアさんの子供時代ってどんなの?

千原ジュニアさんの小学校時代は、普通の男の子同様ヤンチャだったみたいですね。

ただなぜか、ジュニアさんだけが目立つ存在で、友達の親からはあまりよく思われていなかったそうです。

中学生になるにあたって、見返したいという気持ちから、公立の黒の制服よりも、私立の青の制服を着たいと猛勉強して見事合格。

この私立の合格が、のちの引きこもりを生む結果となってしまうのです。

勉強をやる気力もなくなり、周りの同級生とは打ち解けることはなく、学校にいかなくなってしまった千原ジュニアさん。

自然と部屋に引きこもるようになったんですね。

せっかく猛勉強したのに残念ですが、この引きこもりがなかったら、芸人の道はなかったかもしれないんです。

引きこもりから芸人になった千原ジュニアさん

芸人を目指して吉本のNSCの若手養成学校に通っていた兄のせいじさんが「家にいるんやったら、吉本来いや」と言われたのがきっかけで芸人の道を進むようになったというから、せいじさんが吉本に行ってなかったら、芸人の道はなかったんでしょうね。

ジュニアさんが作ったネタが思いのほか受けたので、お笑いの世界に進もうと決心されたみたいですよ。

運命的なものをかんじますよね。

友達の付き添いでオーディションに受かってしまったアイドルみたいな・・・

千原ジュニアさんのバイク事故で生死をさまよう?

千原兄弟で知名度を上げて東京進出し、レギュラー番組を持ってさあこれからだというときに、皆さんもご存知のジュニアさんのバイク事故が起こりましたよね。

かなりの重体で死を覚悟しなければいけないような大事故だったようです。

芸人仲間がお見舞いに来る中、兄のせいじさんは一度も訪れなかったようです。

これには深いわけがあるようで、ジュニアさんの復帰がスムーズにいくように、今あるレギュラー番組を続けていくと、頑張って仕事をしていたそうです。

せいじさんは、「ジュニアはお笑いで売れる人間だし、死ぬわけがないと確信していた」とも答えています。

弟の才能を誰よりも認めていたということですね。

ものすごく兄弟愛を感じます。

リハビリをして復帰をしたジュニアさんですが、さらにトークの面白さも増し、人間味があるというか、丸くなったような気がします。

子供時代が暗黒時代だった、というジュニアさんですが、その暗い時代では考えられないくらい輝かしい芸人人生を歩んでいらっしゃいますよね。

これからも鋭いツッコミに面白いエピソードを楽しみにしています。