
お笑いコンビ「爆笑問題」のボケ担当、太田光さんの母、太田瑠智子さんが11月8日逝去されました。
太田さんに兄弟はいないので、ご両親が唯一の家族でした。
どんなお母さんだったのでしょうか。
また、2012年に亡くなられたお父さんもすごい人だったそうです。
ということで今回は
爆笑問題、太田さんの憧れの格好いい母
太田さんの名付け親だった父
焼き肉チェーン店のあの文字は太田さん父のもの!?
について調べてみました。
爆笑問題、太田さんの憧れの格好いい母
太田さんの母、太田瑠智子さんが、11月8日に東京都内の病院で亡くなりました。
83歳だったそうです。
奇しくも太田さんのお父さんが亡くなったのも、83歳と同い年。
以前から病気で療養中で
「生涯、一度も弱い部分を見せたことのない母」
「熱が出ても熱い風呂に入って自力で治すような人」
という気丈な方だったそうです。
若い頃は女優志望だったという瑠智子さん。
アニメ「サザエさん」の波平役で知られていた、声優、永井一郎さんと同じ俳優養成所に所属していました。
太田さんはそんなお母さんに連れられて、幼い頃、よく舞台を観に行ったそうです。
また、爆笑問題のラジオに、永井さんがゲスト出演したことがあり、それが太田さんと永井さんの、初めての顔合わせになりました。
俳優養成所で過ごした後、建設会社の社長だった太田さんの父、太田三郎さんと結婚し、専業主婦として、家族に尽くす人生を送ります。
爆笑問題太田さんの名付け親だった父
太田光の父・太田三郎さんは、2012年3月19日に83歳で亡くなりました。
入院してから1年半にわたる闘病生活の中、太田さんは忙しい中時間を見つけては、お見舞いに行っていました。
三郎さんは文学とお笑いに興味があるなど、2人は似たもの父子だったそうです。
太田光さんの光という名前は、三郎さんが名付けたものでした。
正しいと明るいという意味を兼ねて、英語の「ライト」という名前にしたかったのですが、漫才のコロムビア・トップ・ライトと同じ名前になってしまうので「光」としました。
光り輝いてほしいという意味も、込めていたそうです。
焼き肉チェーン店の文字は爆笑問題太田さん父のもの
焼き肉チェーン店、叙々苑に飾られている看板のよく目にするあの文字は、建築家であり書道を趣味にしている、太田さんの父、三郎さんのものなのだそうです!
叙々苑の最初に六本木にできた店舗を設計したのが、三郎さんで、その縁で看板の文字を書いたのです(・□・;)
その関係で、叙々苑ではお金を払わないで食事が出来たとか。。。
ちなみに太田さんの自伝「カラス」の表紙の文字も、お父さんが書いたものです。
猫も好きらしいけど、やはりカラス。
— bambi (@bambi_012) February 22, 2020
1999年、太田光×宮本浩次の対談にて。 pic.twitter.com/xqKIUcZjAr
三郎さんは、若い頃は、趣味で小説を書いたり、落語が好きなど、なんとも多才な方でした。
息子の光さんも読書好きで知られ、知識が豊富で多才で、お父さんの血を引き継いでいますね。
2016年1月16日に放送された、テレビ朝日『父と比べる~子供の知らない父の人生、父の知らない子供の人生~』で、太田さんが父親のことをこんな風に語っていました。
子供の頃は大人しかった光さんに対して、周りを笑わせられるパワフルな人だった父三郎さん。
そんな父親の背中を見るたびに、ああいうふうになりたいな、と感じていて
「お笑いをやるようになった根底には、そんな父親への憧れがあったんだと思う。」
太田さんは生前、父親とあまり話しが出来なかったそうですが、こんな所に父と子の繋がりがあったのですね。
爆笑問題・太田の母親が逝去。どんな人だった?父も凄い人だった!
ということで今回は、爆笑問題の太田さんの母親と父親について見てきました。
どちらも凄い方だったし、太田さんへの愛と太田さんのご両親の愛を感じました。
爆笑問題の田中さんの元嫁についての記事はこちらです↓