芸能界で超多忙に仕事をする、芸能人の方々にとって、スケジュールを調整してくれる、マネージャーの存在は、かなり大きいですよね!

そんな中、雨上がり決死隊の、かつてのマネージャーに、小池という女性マネージャーがいたそうです。

雨上がり決死隊・宮迫さんが、土下座をしたという、小池マネージャーとは、果たしてどんな人物なのでしょうか?

ちょっと、調べてみました!

雨上がり決死隊と、小池マネージャーとの出会い

NSCの同期として出会った、宮迫さんと蛍原さんは、在学中はそれぞれ、別のコンビを組んでいました。

そして、NSC卒業後の1989年4月に、「雨上がり決死隊」を結成!

この頃のマネージャーは、まだ小池さんでは、ありませんでした。

というか、まだ新人で、専属のマネージャーが、いない状態だったようです。

その後、1991年9月には、吉本興業所属の若手芸人たちで結成された、ダンスとお笑いをミックスしたユニット、「吉本印天然素材」のリーダー格として、活躍します。

でも、この「天然素材」は、芸人が本格的なダンスをする、女子中高生のアイドル的な存在で、「笑いを取りたい」宮迫さん蛍原さんは、方向性の違いから、脱退すると共に、東京進出を決意したそうです。

ただ上京した1997年頃は、東京に出てきたにも関わらず、全く仕事がなく、雨上がり決死隊のお二人にとって、「暗黒の時代」。

そんな時に、「雨上がり決死隊」の、初めての、専属マネージャーとなったのが、小池さんでした。

美人で敏腕!小池マネージャーって、どんな人?

雨上がり決死隊のお二人よりも、年下だったという、小池マネージャーですが、後に“吉本イチの美人マネージャー”という、肩書がついたそうです!

当初、どこのテレビ局へ行っても、小池さんがタレントで、雨上がり決死隊のお二人が、マネージャーだと勘違いされたそうですよ!

画像を探してみましたが、実際、タレントさんではありませんので、どれが本物の「小池さん」なのか、分かりませんでした。

ただ、フルネームは「小池花恵さん」

結婚されたということなので、現在は名字が変わっていそうです。

小池さんが「敏腕」と言われる理由は、何点かあります。

まず一つは、お芝居関係の情報に、詳しかったことです。

しかも、ただのミーハーではなく、監督の良さや、作品の意味にまで言及して、俳優の仕事もするよう、宮迫さんを説得したそうです!

宮迫さんは元々、役者志望で芸能界入りしたということですので、それも踏まえた上、そして更に、宮迫さんの活躍の場を広げるための、説得だったのでしょうね!

その甲斐あって、これまで、たくさんのドラマや映画に、出演された宮迫さんは、当時説得してくれた、小池マネージャーに、頭が上がらないのではないでしょうか。

もう一つの理由は、テレビ出演時だけではなく、普段のファッションにも気を使うよう、アドバイスしたことです。

今でこそ、そんなにダサいイメージのない、雨上がり決死隊のお二人ですが、当時、特に宮迫さんは、全くファッションに、こだわりがなかったそうです。

そんな宮迫さんに、“吉本のオシャレ泥棒”の異名を持つ、小池マネージャーが、フルコーディネートしてくれていたとか。

確かに、身なりに気を使うと、気持ちもピシっとなりますよね!

宮迫さんも、考え方が変わり、また「飲み会に出た方が良い」という、小池マネージャーの助言もあって、それまで嫌厭していた、スタッフとの飲み会にも、参加するようになったのですって。

協力して一つのモノを、作り上げていくような、芸能界の仕事を円滑にしていく上で、欠かせないですよね!

小池マネージャーとの、別れ

小池さんが、雨上がり決死隊の専属マネージャーとなって、5年目の頃。

会社の異動で、雨上がり決死隊のマネージャーが、変わることになったそうです。

何も仕事がなかった時代から、一緒に頑張ってきたマネージャーですし、その存在もかなり大きかったようなので、雨上がり決死隊にとって、一大事です!!

それを分かっていた宮迫さんは、吉本興業・社長の大崎洋さんと、小池マネージャーとの3人で、食事に行き、その場でなんと、土下座をして頼んだそうです!

「今、替えんといてください!!今、替えたら、吉本的に損です。ドラマや映画の世界とつないだ、パイプが切れてしまいますし!!」

この、必死さ!!

雨上がり決死隊、そして宮迫さんにとって、小池さんがとても必要な存在だったことが、分かりますよね!

こうして、小池さんは結局、約10年もの間、雨上がり決死隊のマネージャーを務めたそうです。

雨上がり決死隊が、現在の地位を確立できたのは、小池マネージャーの支えがあり、共に頑張った過去が、あるからなのでしょうね!