「雨上がり決死隊」と言えば、大人気お笑いコンビで、テレビでも、主に、コンビでMCとして、大活躍されています。

MCを務めるお笑いコンビは、一人が司会を務め、もう一人はひな壇に座っているか、出演無しなんてことも多い中、雨上がり決死隊のような、「コンビでMC」のスタイルは、珍しいのではないでしょうか。

これだけ仕事で一緒にいると、プライベートは全く仲良くない、なんてこともありそうですが、雨上がり決死隊は、どうなのでしょう?

ちょっと見てみましょう!

雨上がり決死隊って、こんなコンビ!

雨上がり決死隊は、宮迫博之さんと蛍原徹さんの、コンビです。

本名   宮迫博之(みやさこ ひろゆき)
生年月日 1970年3月31日
出身地  大阪府茨木市生まれ、大阪市西淀川区育ち
血液型  B型
身長/体重 169cm/60kg
出身   NSC大阪校7期生

本名   蛍原 徹(ほとはら とおる)
生年月日 1968年1月8日
出身地  大阪府門真市
血液型  A型
身長/体重 166cm/56kg
出身   NSC大阪校7期生

蛍原さんの方が、2歳年上なんですね!

そういえば、宮迫さんは「蛍原さん」と呼んでいますが、蛍原さんは「宮迫」と、呼び捨てにしていますよね。

NSC在学中は、それぞれ別のコンビを組んでいましたが、NSC卒業後の1989年4月に、「雨上がり決死隊」を結成されました。

雨上がり決死隊、若手時代~東京進出のエピソード

コンビを組んだお二人ですが、NSC時代に、元々友人関係だった人同士で、組んだコンビが多かったため、NSCの同期という以外、面識のなかった宮迫さん蛍原さんも、二人での思い出(=ネタ)を作るべく、1年間は遊んで暮らそうと、決めたそうです。

まずは、同じカラオケボックスで、アルバイトを始め、女の子を笑わせる目的で、一緒にナンパをしまくったのだとか。

この経験が、芸に生かされたのかは、定かではありません。

しかし、1991年には吉本興業の、ダンスとお笑いをミックスしたユニット、「吉本印天然素材」のリーダー格として、活躍します。

この「天然素材」は当時、本当に人気がありました!

あの「ナインティナイン」や「FUJIWARA」、宮川大輔さんとほっしゃん。さんのコンビ「チュパチャップス」もメンバーだったんですよ!

今となっては、夢のようなユニットですよね!!

大人気ユニットを、牽引する存在だった、雨上がり決死隊ですが、一向に「東京進出」の声は、かからなかったそうです。

そして、方向性の違いから、天然素材を脱退することを決めた、宮迫さんは蛍原さんに、「もう一回、東京で頑張ってみぃひんか?」と、相談したそうです。

その時の蛍原さんの答えが、「お前が行く気になってるんやったら、ええよ。お前についていくだけや」と、快諾。

お二人の絆が、見えるようなエピソードですよね!!

がん手術、そして、テレビ復帰時のコンビ愛のエピソード

2012年12月6日に、宮迫さんはステージ1Aの胃がんであることを公表し、休養することになりました。

でも、胃の3分の2を摘出した手術を受けたにも関わらず、同年12月29日には「アメトーーク!」の収録で、仕事復帰を果たしました!!

手術を受けながらも、そんなに早く仕事復帰できるなんて、ビックリですよね!

蛍原さんとの軽妙なやり取りで、笑いを取りつつ、無事に約1時間の収録を終えた時には、2人で感極まるような表情を見せたのが、印象的だったようです。

更に、「元気になって、戻ってくるってだけで、良かった。仕事なんて、どうでもよかった」と言う蛍原さんに、宮迫さんが、「完全に治りましたので、前回(の放送で)言ったように、一生コンビでお願いします。」と言うシーンも。

お互いが、かけがえのない存在だということが、伝わってきますよね!

そして、「…これ以上しゃべると、号泣してしまいます」と、目をウルウルさせた宮迫さんは、(周囲に促され)蛍原さんと、誓いのキスをされました!!

相方へ、今だから言いたいことエピソード

2015年12月に放送された、「八方・陣内・方正の黄金列伝」(読売テレビ)の、「相方へ今だから言いたいこと」のコーナーで、蛍原さんは「これからも、ホンマに頼む!」

そして、宮迫さんは「あなたじゃないと、だめ!」と、お互いの必要性を伝えあっています。

お二人がMCを務める番組でも、宮迫さんと蛍原さんが、安定の絆を持っているからこそ、出演者やスタッフの方々も、安心して仕事が出来るのかもしれませんね!