雨上がり決死隊の宮迫さんといえば、絶妙なボケと鋭いツッコミをする芸人さんですが、最近では、お笑いだけでなく、多数の映画やドラマに俳優としても活躍し、CMもたくさん出ていますよね。

バラエティー番組でも、宮迫さんのトークは面白くて、見ていて本当に楽しいです。

今回は、そんな雨上がり決死隊、宮迫さんの、出身地や生い立ちにスポットを当ててみました。

雨上がり決死隊の宮迫さんの生い立ち

雨上がり決死隊の宮迫さんの出身地はどこでしょうか?

大阪のイメージがありますか?

・・・正解です!!

大阪の茨木市生まれ、西淀川区育ちの生粋の大阪人です。

どんな家庭で育ったのかというと、お母さんは超スパルタだったそうです。

宮迫さんは、ヤンチャで悪さばかりしていたらしく、それが母親にバレると、「コラー!」と蹴り飛ばされて、ガラス窓を破って血だらけになった過去もあるというから、恐ろしい母ちゃんです。

宮迫さんの嫁は鬼嫁と、テレビでも度々言っていますが、こんな強いお嫁さんが好きなのも、お母さんの影響なのかな、と思ってしまいます。

雨上がり決死隊 宮迫さんの学生時代

雨上がり決死隊の宮迫さんの出身校は、金光第一高校です。

スポーツが盛んな高校で、宮迫さんはマラドーナにあこがれて、サッカー部に入部しています。

大阪府内では強豪と知られるほどの高校で、サッカー選手を輩出するほどの高校のサッカー部で、厳しい練習の中、宮迫さんはレギュラーメンバー入りし、サッカー部でも活躍したそうです。

現在でも、不倫騒動など、女性関係で世間を騒がせていますが、高校時代からすでに、もてていたそうです。

雨上がり決死隊 宮迫さんの現在に至るまで

宮迫さんは、高校卒業後、大学に進学せず警察官の採用試験に挑みますが、不合格となり、お笑い養成学校のNSCに入ることになります。

1989年に現在の相方、蛍原徹さんと“雨上がり決死隊”のコンビを組み、宮迫さんは、ボケ担当になっています。

今の鋭いツッコミをする宮迫さんが、ボケ担当だったとは意外でした。

1991年に、ダンスとお笑いをミックスしたユニット“天然素材”を結成します。

なんと、ナインティナインやFUJIWARAと一緒に活動していました。

今はその時のメンバーは、かなりの売れっ子になっているコンビもあれば、解散しているコンビもありますが、当時は大変な人気でアイドル並みでしたよね。

その後は、宮迫さんは歌もうまいので、山口智光さんと”くず“というお笑い系フォークデュオを組みます。

デビュー曲の“ムーンライト”は大ヒットしましたよね。

刑務所で出会った二人が鉄格子の隙間から月を眺めて作ったという設定の曲。

本当にいい曲でなつかしいです。

山口さんも宮迫さんもお二人とも、歌唱力があるので、また再結成してほしいですね。

また、宮迫さんは、俳優志望であったということから、映画やドラマにも多数出演しています。

演技力も好評で、たくさんの新人賞や、男優賞を獲得しているというから、本格的な活躍です。

歌もうまくて、演技もできて、宮迫さんって器用ですね。

これからも宮迫さんのマルチな活躍を楽しみに、テレビで拝見させてもらいます。