「昔、ヤンキーだった」と、ウワサされる芸能人の方は、少なくありませんよね!

“ヤンキー”とは、日本国内において、「周囲を威嚇するような、強そうな格好をして、仲間から一目おかれたい」という、志向を持つ少年少女を指す、俗語だそうです。

テレビでお見掛けする、蛍原さんのイメージとは、ちょっと違うような気がしませんか?

実際は、どうなのでしょう?

今回は、雨上がり決死隊・蛍原さんは、どうしてヤンキーだったと言われるのかを、調べてみたいと思います!

雨上がり決死隊・蛍原徹って、どんな人?

まずは、蛍原さんのプロフィールを、ご紹介しましょう!

本名   蛍原 徹(ほとはら とおる)
生年月日 1968年1月8日
出身地  大阪府門真市
血液型  A型
方言   大阪弁
身長/体重 166cm/56kg
出身   NSC大阪校7期生

蛍原さんが、NSCに入学したのは1988年で、20歳の時のようです。

高校を留年したのか、或いは、高校卒業後に何をしていたのかは、調べても分かりませんでした。

しかし、「アメトーーク!」の「留年はツライよ!!高校ダブり芸人」(2017年5月18日放送、テレビ朝日系)で、様々な「ダブりあるある」を聞きつつも、蛍原さん自らの話は一切無し。

ですので、留年はしなかったと推測されます。

しかしネットにも、生い立ちや学生時代の事は、ほとんど載っていませんので、自分の過去を公表するのは、あまり好きじゃなさそうですね。

相方・宮迫さんが見た、ヤンキー証拠写真!!

宮迫さんが蛍原さんの部屋へ行った時の事。

「アルバムを見せて」と、宮迫さんがお願いしたところ、蛍原さんはしぶしぶ、アルバムを渡してくれたそうです。

宮迫さんがアルバムを開くと、何とそこには、ヤンキー達に囲まれた蛍原さんの写真が!!

ビビる宮迫さんに、「俺の友達、全員ヤンキーやねん」と、蛍原さんが言ったそうです。

これ以来、蛍原さんを見る目が、変わったという、宮迫さん。

でも、高校時代の写真を、きちんとアルバムに貼っている時点で、一般的にイメージする、ヤンキーとは違う気がしませんか?

怒りの蛍原さん、一般人を謝罪させる!!

蛍原さんが、月亭方正(山崎邦正)さん千原ジュニアさんと、飲みに行った帰りの出来事。

ほろ酔い気分で、タクシーを待っていた3人に、一般人の若者3人組が近づいてきて、月亭方正さんにしつこく絡んだそうです。

ですが、ちょうどタクシーが来たので、もめることなく、タクシーに乗り込んだ月亭方正さん千原ジュニアさんに、蛍原さんは「忘れ物がある」と、タクシーに乗らなかったそうです。

どうしたのでしょう?ケンカ??

絡んできた3人に対する怒りが、収まらなかったのでしょうか?!

千原ジュニアさんも、「何か、おかしい」と感じて、タクシーから降りて、蛍原さんを探しました。

すると、先ほど月亭方正さんに絡んできた3人組が、蛍原さんに謝罪していたそうです。

また、その時の蛍原さんの顔は、怒り狂い、まるで鬼のようだったと、千原ジュニアさんは話していました。

蛍原さんがキレた理由は、「山崎なんて、死んだ方がマシ」という、暴言。

自分の事ではなく、友達を侮辱された事にキレるなんて、ちょっとオトコ前ですよね。

それに、その場でキレると、千原さん達に迷惑がかかると、2人と別れてから行動に移した配慮も、脱帽の域です!!

蛍原さんが“ヤンキー”と言われる所以とは

蛍原さんは他にも、遅刻してきた後輩にキレたり、トラック運転手とタクシー運転手の、ケンカの仲裁に入ったりと、いろいろな武勇伝(?)があります。

見て見ぬふりは簡単だけれど、蛍原さんは「曲がった事が大嫌い」な、アツイ思いを持った方、なのではないでしょうか。

そして、(曲がった事が許せず)キレる様子が、ヤンキーを連想させるのかもしれません。

はたまた、一般的には穏便に済ませるところを、キレて向かっていくところが、ヤンキーっぽいのかも?

普段の印象は、優しくて「仏のほとちゃん」な蛍原さんですが、実は正義感が強く、間違ったことをした相手には、正面から向かっていくというギャップに、ますます応援したくなりますね!